からだが、あつい。
自分の室に飛び込み、床にうずくまる。
小夜は、片手で身体を支え、片手で胸を押さえた。そうしないと、何事か叫んでしまいそうだった。
ただただ、歯を食いしばり、声を耐える。熱くなる瞼をぎゅっと瞑る。
―何故、なんて・・・!
自分こそが問いたいのに。
どれだけ経っただろうか、辺りがすっかり暗くなった頃、ようやく身体から力を抜いた。
そのまま床に伏せ、ぼんやりと思う。
―片倉様に、粗相をしてしまった。
どう考えても、自分の態度は臣下の礼に欠いたものだった。
勝手に思い煩い、声を荒らげ、許可も取らずに立ち去った。
この事で、きっと自分の直属の上司の転丸や、義父の成実が叱責を受けるだろう。
だが、小夜は素直に小十郎に謝る気にはなれなかった。
―あっちだって、きっと悪い。
また、沸々とこみ上げてくる怒りを胸に、闇を睨みつける。
―何故、なんて。
小十郎の一言は、自分がこの城で異質なものである事を思い出させた。
まだ十にも満たないだろう幼い自分が、ひどく惨めに思える。
―早く大人になりたい。
そうすればきっと、自分の居場所が分かるのに。
小夜はそのまま布団も引かず、眠りに落ちた。
いつもならとっくに姿を現す小さな娘が来ない。
転丸は珍しく眉をひそめ、小夜の室へと向かった。
「小夜、居るのか?」
室の前で声をかけるが、返事が無い。いつもなら考えられないことに、転丸は更に眉をひそめる。
いつもならきっちり閉められているか完全に開けられている障子が、乱れた様子を見せていた。
―何かあったか。
「小夜、開けるぞ。」
少し声を大きくし、障子に手をかける。すると、中からわずかながら呻き声が聞こえた。
「小夜!」
何がしか起きた事を確信し、転丸は障子を引く。
小夜が板張りの床に直にその身を横たえているのが目に入った。
躊躇い無く中に入り、その横に膝をつく。
「どうした?」
小夜の顔を覗き込めば、瞼がぴくりと動き、漆黒がぼんやりと転丸を見上げる。
「てんまるどの・・・」
たどたどしい言葉遣い、掠れた声、赤い顔、ぐったりと横たわったまま動こうとしない様子。
転丸は即座に小夜が風邪を引いていると判断した。
小夜の身体と床の間に両腕を突っ込み、持ち上げる。小さな身体は熱く、ひどく軽い。
呆けたままの小夜を室の隅に下ろし、押入れから布団を出す。そして、また小夜を抱き上げ、布団へと押し込んだ。
小夜は、ようやく自分で動き、起き上がろうとした。それを片手で制し、ぴしゃり、と言い放つ。
「寝ていろ。風邪を治すのが先決だ。」
そう言えば、小夜は不思議そうに自分を見返した。
「・・・お前、風邪を引くのは初めてか?」
小夜はただ、こてり、と首を傾げるだけだった。
その、普段では考えられないあどけない様子に、転丸は思う。
―これは重症だ。
その後も何度も起き上がろうとする小夜に、何とか布団の中に居ることを納得させ、転丸は室を出た。
あの様子では今日だけではなく、明日も仕事につくのは難しいだろう。小夜が開けた穴は自分が補わなければならない。
仕事場に向かいつつ、転丸は珍しく溜息を吐いた。
こうなった原因は、予想がついていた。
いつもの麗姿が自分の視界に入らない事に、政宗は左眉を上げた。
「Hey、転丸。小夜はどうした?」
指南を任せた小姓に問えば、相変わらずの無表情で淡々と答える。
「風邪を引きましたので、休ませてあります。」
「What?!」
「風邪を引きましたので、休ませてあります。」
問い返せば、一言一句、同じ口調で繰り返す。政宗は二重の意味で、舌打ちした。
「Shit!薬師を呼べ!」
「ご案じ召されますな。もう遣わしてございます。」
手回しの良い小姓の落ち着いた様子に、自分も腰を下ろさざるをえなかった。
「What happend?どうしたってんだ?」
小夜の昨日の様子を思い浮かべるが、さしあたって異常は見られなかったように思う。
小姓が黙す。何かを待っているように見える。
政宗が問い詰めようとすると、聞きなれた声が襖の向こうからかかった。
「政宗様、小十郎にございます。」
「Good morning、小十郎!」
自分の応えに、小十郎が襖を引いて姿を現す。その目が室の中をさまよう。
そして、自分の右目はわずかに眉をひそめた。その様子に、政宗の頭の中に閃くものがあった。
「で、小夜がどうしたって?」
もう一度問えば、小姓は先と変わりなく答える。
「風邪を引きましたので、休ませてあります。」
その言葉に、小十郎が一瞬固まった。が、すぐに居住まいを正して自分の傍に控える。
少し伏せ気味の目と、何も言わない小十郎の様子に、政宗は確信する。
「薬師は?」
「ご案じ召されますな。もう遣わしてございます。」
先と全く同じ回答に、政宗は内心舌打ちした。この歳の割りに落ち着き払った小姓が、自分は苦手である。
だが、言葉少なで幼子らしくない小夜とは馬が合うだろうと思い、直々に命を下したのだ。
その考えは今のところ間違いがなく、小夜はこの小姓に自分からついて回り、側仕えの仕事を学んでいた。
小十郎の肩からわずかに力が抜けたのを目の端で見、政宗は続ける。
「Why?昨日まではそんな様子はなかったが?」
「布団も引かず、床に直に寝ておりました。それが原因かと。」
今度はすんなりと答えた小姓の言葉に、政宗は二重に驚いた。
小十郎の肩にまた力が入ったのが目に入る。
「床にぃ?何でまた。」
「某には分かりかねます。」
簡潔な小姓の返答に、政宗はまた舌を打つ。小十郎はじっと床を見つめている。
すると、小姓が続けた。
「風邪を引いたのは初めてらしく、呆けておりました。只の子供のように。」
らしくない言動の小姓に、政宗はまた二重に驚く。どうやら小夜が一方的に懐いていたのではないらしい。
それ以降、小姓が口を閉ざしたため、室内を沈黙が覆った。
すると、小十郎が口を開いた。
「政宗様。・・・小十郎めは用向きを思い出しましてございます。御前を失礼してもよろしいでしょうか?」
「Ah?構わねえぜ。」
小十郎を見送り、政宗は息を吐く。
「お前も下がっていいぜ。・・・よくやった。」
政宗の労いに、転丸はただ頭を下げた。
居待月が、西の空からようやくその姿を隠した。
居待月(いまちづき):十八日月
ようやくオジリ主が歳相応に・・・。
てんまるは腹黒くはありませんよ!(笑)
10.12.04
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