凝視してくる男の目線を、小夜は怖いと感じた。



射干玉の闇に光ふたつ 二十三



政宗の側に控える、自分が名乗りを上げても反応の無い見知らぬ男を、小夜は目線だけを動かして見た。
男は身体が大きく、左頬にある古傷が特徴的だった。
無視している様子ではなく、自分をじっと見ていた。それこそ小夜の顔に穴が開くのではないか、というくらいに。
その表情は硬いが、小夜を疎む様子は見られない。
視線の強さに耐え切れなくなり、小夜は顔を伏せた。

「政宗様・・・っ!」

男が、声を発した。それは何かを押さえているような、苦しげなものだった。

「Hey、小十郎。自分の名を言わねえのか?」

政宗が平生通りの口調で指摘した。男はしばしの間、黙した。
誰も言葉を発さず、沈黙が支配する。

「・・・片倉小十郎景綱、という。」

ようよう聞こえた男の声は、やはり苦しげだった。


小夜と成実が室を辞してすぐ、小十郎が政宗に詰め寄った。

「政宗様!あの娘は一体・・・?!」

語気も荒く自分を睨むように見つめる小十郎に対し、政宗は冷静だった。

「小夜、だ。成実から大体聞いただろ。一年前、俺が城下で拾った。廓に売られたみてえだったな。」

政宗の言葉に、小十郎が息を呑む。

「安心しろ。手を出される前に逃げ出したらしい。そこに俺が出くわしたってわけだ。」

小十郎は目に見えて安堵した。それを政宗はただ見つめる。
政宗から視線を逸らし、小十郎は床に目を落とす。

「・・・あの娘は、」

「小夜だ。俺が名付けた。」

小十郎の言葉を遮り、政宗は強く言った。そして続ける。

「小夜はそれ以前は・・・うさぎと呼ばれていたそうだ。」

小十郎が再度息を呑み、勢いよく顔を上げる。見開かれた目を見返し、政宗は言う。

「小夜を俺の側仕えにする。文句はねえな?」

小十郎はただ、頭を深く下げた。


ひと通りの顔見せを済ませて成実と別れ、小夜は自分にあてがわれた室に入った。この後、小姓から仕事の説明を受けることになっている。
知らずのうちに溜息を吐いた口を、小夜は覆った。こんなに沢山の人に会うのは初めてだった。
皆が皆、好意的とは言いがたかったが、概ね問題無かったように思う。
ふと、政宗の隣に居た男の目を思い出す。自然と目線が下を向く。
あんなに強い目で見つめられたのも、初めてだった。

―かたくら様、と仰ったかしら。

あまり関わらない方がいいかもしれない。小夜は漠然と、そう思った。


小十郎は自分の室に戻り、文机に手をつき、座り込んだ。
先ほどの娘の顔が、頭から離れない。
あの髪、あの鼻、あの口、あの佇まい。目の色以外、アルヤに瓜二つだった。

―いや、いくらか幼かったか。

今でもまざまざと思い出せる、記憶の中のアルヤよりは、あの娘は二つ三つ下に見えた。
そこで、小十郎は、はっとした。

―八年だ。

アルヤを失ったと思ったあの日から、今年で八年経っていた。
恐ろしいほどに符合する点に、小十郎は眩暈を覚える。

―貴女なのですか?アルヤ様・・・。

小十郎は、惑う心を持て余した。


数名居る小姓の中で小夜の指導にあたったのは、転丸という年嵩の少年だった。
背はさほど高くなく、細身で、赤茶けた髪をしていた。顔つきは、可愛らしい、と言っていいような美少年である。
その風貌とは裏腹に、淡々と必要事項だけを述べ、表情は乏しい。伊達の家臣の中では少ない性格である。あまり話すのが得意ではない小夜にとっては丁度良く感じられた。
転丸様、と呼びかけると、即座に訂正された。

「様などと呼ぶ必要は無い。俺達は同じ側仕えの身だ。どうしてもというなら、殿にしてくれ。」

はい、転丸殿、と小夜が即座に返すと、転丸は一つ頷いた。

翌日から仕事に就くということで、小夜は転丸に案内されて自室へと廊下を歩く。城は入り組んでいて、とても一度では道順を覚えられないほどだった。
時折転丸が説明を加えながら足を進めていると、前方の角から大きな人影が現れた。転丸が足を止めて廊下の隅に座すのに、小夜も倣った。大きな身体が通り過ぎるのを、頭を下げて待つ。
その人物は予想外にも、小夜達の前で足を止めた。そのまま何も言わないのを怪訝に思った転丸が、声をかける。

「片倉様、何か御用でしょうか?」

転丸の問いかけに小十郎が答えるのを、小夜は頭を臥したまま待った。

「・・・お前が指南役になったのか?」

小十郎の小さな問いかけに、転丸が淡々と返す。

「はい、筆頭より直に御指名を受けました。」

そうか、とだけ言い、小十郎はゆっくりと立ち去った。小夜は知らずのうちに肩に入っていた力を抜く。
その様子を目に入れて、転丸は腰を上げる。
何も言わずに先に進む転丸に続いて、小夜も立ち上がった。


小十郎は、歩を進めながら、奥歯を噛み締めた。
娘は、頭を下げたまま、自分を見ようとしなかった。
それが、記憶の中のアルヤの姿とあまりにも違い、胸の中に暗雲が立ちこめる。
まるで、拒否されているようだ、と思う。
小十郎は息を吐き、自分を落ち着かせようとした。

―これから毎日、顔を合わせるんだ。

政宗の側仕えになるという事は、必然的に自分とも接する事になる。
小十郎は、浮き上がるような沈みこむような、不思議な心地になった。


十六夜が、雲をまとって空に昇った。

こじゅ、第一印象最悪(笑)
てんまるの名前は一応3つくらい意味があります。



10.12.04


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