運命というものを、小十郎は信じざるを得なかった。



射干玉の闇に光ふたつ 二十二



政宗の説明によると、小夜は成実の養女となり、城へ奉公に上がれ、とのことだった。
小夜に与えられる仕事は、政宗付きの侍女。要は政宗の身の回りの世話をする役目であるという。
あっけにとられていたえんが我に返り、政宗に意見する。

「恐れながら、殿!小夜様はまだ幼く、侍女としてお仕えするには無理があります!」

普段では考えられない固い声音で、えんは政宗に噛み付いた。
小夜は正確には分からないが、まだ十にも満たない子供である。それをいきなり政宗の側仕えにするなど、考えられないことであった。

「An?もうあんたの手から離れるほどになったんだろ?十分じゃねえか。」

事実を指摘され、えんは口ごもる。確かに、小夜はもう自分の手に余るほどの知識を得、近頃では身の回りのことを自分でやっているほどである。
しかし、えんには納得が出来ない。成実の養女となることは良い。手放しで賛成できる。
だが、城に奉公するとなると話しは別だ。えんは、自分の経験から、それが生易しいものではないことを知っている。
えんが歯噛みをしていると、小夜が口を開いた。

「そうする事が、私にとって必要なのですか?」

静かな問いに、政宗は頷く。

「Yes.これが一番の近道だ。」

政宗の答えに、小夜は目を少し伏せた。
えんは小夜と政宗の会話が理解できず怪訝な顔をし、成実は訳知り顔で頷く。
小夜がゆっくりと頭を下げる。

「謹んでお受けいたします。」

涼やかな声が、その場の者皆の耳に届いた。
政宗はにやり、と笑い、成実は満足げに頷き、えんは思わず開いた口を閉じ、黙った。


最近、妙な噂が城内を飛び交っていることに、小十郎は気付いた。
何でも、成実が養子を取るらしい。しかも、女。
成実には妻がいるが、まだ子供はいない。だが、養女とはおかしな話である。取るならば男が良いのではないか。
小十郎は直感的に、主が一枚かんでいるのかもしれない、と思った。
頻繁に文をしたためていたり、忍に妙な動きをさせていたのもその為ではないだろうか、と。
だが、そうだとしても自分に隠す必要性が感じられない。
小十郎は頭にかかるもやを晴らす為に、ある人物の元に向かった。

目的の人物が視界に入り、小十郎は名を呼ぶ。

「成実殿。」

小十郎の呼びかけに応じ、成実が首をめぐらす。

「小十郎殿。何か御用で?」

成実はいつも通りの調子を心がけ、声を出す。内心では、来た!、と思っていた。
成実の心のうちに気付かず、小十郎は眉間にしわを寄せながら近付く。

「妙な噂を聞いた。・・・養女を取るというのは本当か?」

小十郎は砕けた言葉遣いで話しかけた。これはごく私的な質問だからだ。
小十郎の問いに、成実は踊り出す心のうちを隠すのに必死だった。

「ああ。本当だぜ〜。政宗に頼まれちゃってさ。可愛い子だから、俺としては嬉しいんだけどな!」

小十郎に合わせ、成実も言葉を崩した。
ここまでは成実にとって予定通りの会話である。政宗には事情は話さずとも経緯は説明していい、と言われている。

「政宗様が?一体どういうことだ?」

成実は簡単に説明する。
政宗が城下に下りた際、その娘を助けたこと、娘には身寄りが無かったこと、城の侍女を一人あてがって教育を施したこと。

「何か政宗、相当気に入ってるらしくてさ。自分の側仕えにするって言ってるぜ。」

事実を隠さず、しかし肝心なことは話さず。成実は普段通りを心がけつつも、その実、慎重に言葉をつむいだ。
小十郎は成実の言葉を信用はしたが、疑念はぬぐえなかった。
十中八九、政宗が隠していた事はこれだろう。
城下に下りたことを隠したかったのだろうか。頭の痛いことだが、そのくらいの事は日常茶飯事ので、特別隠すほどのことではない。
娘を助け、保護した件についても、特に小十郎が目くじらを立てるような内容ではない。側仕えにしようとしている点は少々気にはなるが。
ならば、何故今まで隠していたのか。

―まだ何かあるのか。

小十郎が黙考していると、その思考を切るように成実が暇を告げた。
その背を見送り、小十郎は考えるのをやめた。
本人に直接聞けば分かることだ。ここまで噂が広がっている以上、もう隠す事はしないだろう。
小十郎は主の室へと足を向けた。

小十郎が政宗の元に向かうのを背中に感じ、成実は嘆息する。
何とか上手く切り抜けた。腹芸の苦手な自分としては上々だろう。

―後は頼んだぜ、政宗。

共犯者の健闘を祈りつつ、成実は自分の室へと戻った。


小十郎は主の室の前に座し、声をかける。

「政宗様。小十郎でございます。少々よろしいでしょうか?」

政宗は襖を隔てて、にやり、と笑う。

「Come on!いいぜ。」

小十郎は襖を引き、中に入る。政宗は書き物を続けながら応じた。

「What?何かあったか?」

常の様子の主に、小十郎はいきなり本題を持ち出した。

「成実殿にある娘を引き取らせ、側仕えにすると聞きました。・・・何をお考えですか?」

筆を止めず、政宗は言う。

「Ah?中々器量良しでな。側に置いとくにはもってこいとだと思った。」
「政宗様。」

小十郎の低い声に、政宗は筆を止める。小十郎を見れば、ひた、と政宗を見据えていた。
誤魔化しは利かない、とばかりの視線を、政宗は正面から受け止める。

「俺を信じろ、小十郎。」

政宗の言に、小十郎は一拍置いて、は、と応えた。


例の娘が城に上がる日が来た。成実と共に登城し、城の者に顔見せをするそうだ。
小十郎が自分の室で仕事をしていると、政宗の室に呼ばれた。
おそらく、例の娘を紹介されるのだろう。

―一体どんな娘なのやら。

小十郎は溜息をつき、腰を上げた。

政宗の室につき、しばし言葉を交わしていると、小姓が成実と娘の到着を告げた。
政宗が応えると、襖が開き、座している成実と、頭を伏せている娘の姿が見える。

「Oh!よく来た!頭を上げな。」

声をかけられ、娘の真っ黒な髪が、さらり、と揺れる。白い面が上げられる。

小十郎は、身のうちの雷が荒れ狂うのを感じた。

「小夜と申します。これより後、誠心誠意お仕えいたします。」

耳に届いた涼やかな声はあの日のまま。
だが、その漆黒の瞳に小十郎は映っていない。


満月は、その姿を地平に沈めていた。

ようやくこじゅとオリジ主が会いました。長かった・・・。
本題はここからですよ・・・!(え)



10.11.27


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