月が満ちていくのを感じ、政宗は満足していた。



射干玉の闇に光ふたつ 二十一



政宗が小夜をえんの元に預けてから、十月が経った。
そろそろ次の準備をしなければならない、そう考えながら政宗は杯を口に運ぶ。

「もう十月経ちましたわね。」

政宗の思考を読んだように、隣で酌をする女が言う。

「Yes.えんはよく気が利くぜ。」

政宗の言葉に、女は満足げに笑う。

「それは良う御座いました。」

空いた杯に女が酒を注ぐ。

「それで、次はあの子を誰に託されるのです?」

満たされた杯を片手に、政宗は言う。

「綱元は拙いしな・・・あいつしかいねえか。」

杯で揺れる酒を、政宗は一気に喉に流し込む。

「まあ!あのお歳では少々お気の毒ですわね。」

女は言葉とは裏腹に、くすくすと笑う。
政宗もつられて口角を上げる。

「是が非でも受けてもらうさ。お前には礼を言うぜ、愛。」

愛は、その美しい顔に深い笑みを浮かべた。


成実は城主の居る室へと足を進めていた。
急な政宗の呼び出しに、頭を捻る。このところ諸国の情勢は安定しており、領内でも目立った問題は起きていない。
もしかしたら家臣としてではなく、親族として話があるのかもしれない。
成実は政宗の縁戚にあたり、幼い頃から共に育ってきた仲である。二人でやんちゃをしては小十郎に叱られたのも、今では良い思い出だ。

―小十郎殿が最近いらいらしてんのと何か関係あるんかな?

先日、自分と綱元と小十郎とで打ち合わせをしていたとき、小十郎が愚痴を漏らしたのを思い出す。
何でも、政宗が最近隠し事をしている、と言うのだ。
政宗と小十郎の絆の強さを考えれば、有り得ないと思うが、どうやら本当らしい。
綱元もそれに気付いていたらしく、何かお考えがあるのだろう、と苦笑していた。
小十郎が嘆息するのに、成実は気の毒に思った。
政宗は一度こう、と決めたらそれをひっくり返すことはまず無い。自分もそれで色々と被害をこうむったことがある。

つらつらと思い出しているうちに、政宗の室についた。声を掛けると直ぐに応えがあり、成実は中に入る。
成実が座すと、政宗は成実に向き直り、居住まいを正す。ただならぬ雰囲気に、成実は驚いた。

「成実、お前を見込んで話がある。これは奥州筆頭としてではなく、伊達政宗としての頼み事だ。」

成実は更に驚いた。
政宗は自分の立場を忘れて動いたことなど無い。常に為政者として、自分の行為がどのような結果をもたらすか考えて生きている。
それがあえて、一個人として自分に頼みがあるという。
成実は政宗に、にかり、と笑った。

「改まって言う事じゃねえよ、政宗。俺とお前の仲じゃねえか。一緒に小十郎に怒られてやるよ!」

成実は屈託無く政宗に応えた。臣下としてではなく、幼馴染として。
政宗は、にやり、と笑い、膝を叩いた。

「Okay!俺達は今から一蓮托生だ!ってえのも今更だな。」

そう、今更なのだ。友としても主従としても、政宗と成実は常に共にあった。
政宗は顔を引き締め、言葉を続ける。

「だが、改めて頼む。この事は絶対に他言無用だ。」

そう前置きされて始まった話に、成実は驚き、顔をしかめ、呆れ、笑った。

「わかった!いいようにやってやるぜ。」

成実がそう言うと、政宗は肩の力を抜いた。

「頼んだぜ。・・・小十郎に悟られるなよ。」

おう!と元気よく声を上げた成実に、政宗は一抹の不安を覚えた。


小夜は自分の室を片付け、茶の準備をした。家人が、自分たちがやる、と言ったが、断った。
今朝、忍が届けた政宗の文に、自分の元に客が二人行くから準備するように、と書いてあったからだ。
自分に客など初めてのことで、小夜は戸惑う。

―もう、十と一月経つから。

迎えに来る、という政宗の言葉を思い出す。おそらく、それに関係しているのだろう。

―まさか、ご自信がお越しになるわけ無いものね。

小夜はえんの邸に住まうようになってから、政宗が何者であるか知った。
そもそも、小夜は身分や社会の仕組みについて無知だった。老爺と暮らしていた場所は人里から離れており、それらは知る必要の無いことだったからだ。
えんはもの知らずな自分に、生きていく為に必要なことだ、と丁寧にしきたりや礼儀作法を教えてくれた。
そして、小夜は自分を助けた男がこの地を治める武士の頂点に立つ者である事を知ったのであった。
だからといって、小夜は特別に驚きはしなかった。むしろ、納得した。
男が着ていたものは以前の小夜が見たことの無い上等な布だったし、人を使うのに慣れているようだったからだ。
そして、自分ひとりの為に、えんとその家人をあてがっていることからも類推できることだった。

―私は恵まれている。

小夜は何度目か、自分にそう言い聞かせた。

玄関から家人の声が上がった。客が着いたのだろうが、それにしては慌てているように思える。
小夜はいぶかしみながらも、玄関へと客を迎えに行く。
そこには、かつて自分を拾った男と、知らない男が立っていた。

「殿様・・・!」

小夜は慌てて平伏する。すると、政宗が焦った声を出した。

「No!よせ、小夜!あんたにそうされると具合が悪い。」

政宗の言葉に、小夜はそろそろと頭を上げる。自分の応対は間違っていないはずだ。現にえんも家人も、平伏している。
小夜が困った顔をしていると、政宗は頭を掻き、隣に立つ男が笑い声を上げる。

「まあまあ、とりあえず上げてもらおうぜ。」

その言葉に、皆が我に返り動き出した。
えんが政宗と男を先導し、客間に通した。小夜はとりあえずその後に続き、客間の前の廊下に座す。
すると、それを見た政宗が左眉を上げた。

「Hey、小夜。用があるのはあんたにだ。中に入れ。」

小夜は躊躇いがちに客間に入る。一番下座に座し、えんを見る。えんも突然のことに戸惑っているようだった。所在無さげに座っている。
家人が、小夜が用意した茶を持って来、下がったところで、政宗が口を開いた。

「小夜、こいつは俺の縁戚の、伊達成実だ。」

紹介を受け、成実が小夜に笑いかける。

「はじめまして、成実ってんだ。」

屈託の無い笑顔に、小夜はうろたえ、とにかく床に手をつけ頭を下げる。

「お初にお目にかかります、成実様。小夜、と申します。」

すると、政宗の方から口笛が聞こえた。

「Great!あの頃とは別人だな。」

政宗と会うのは、えんの邸に連れて来られたとき以来である。赤子同然だった頃と比べられては適わない。
小夜が黙していると、成実が爆弾を落とした。

「やー、可愛い子で俺嬉しいぜ!自慢の娘になるな!」

小夜は成実の言を頭の中で反芻する。自慢の、娘。娘?

「と、殿?成実様?一体どういう事で御座いますの?」

えんが、ようよう口に出すと、政宗と成実が笑う。

「小夜、お前は一月後、成実の娘になる。Understand?」

小夜は、何も言えなかった。


長閑な青空で、鳥がさえずっていた。

史実キャラを出してみました。これから活躍してくれます。
愛(めご)は政宗の正室です。政宗に付き合える神経の持ち主(笑)
拙宅のしげは明るい良いお兄さん的なキャラでいこうと思ってます。
そして、あいかわらずオリジ主が賢すぎるっていうね・・・。



10.11.27


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