ただ、日々を過ごす。それは小夜にとって昔も今も同じだった。



射干玉の闇に光ふたつ 二十



最近、主と忍の動きがおかしい、と小十郎は感じていた。
いつ頃からかは正確に把握できないが、自分が気付いてからそろそろひと月は経つだろう。
自分を抜きでなにやら相談事をしているようだ。
忍頭にそれとなく探りを入れてみたが、さすがに上手くはぐらかされた。
政や戦に関わることなら、必ず自分を通すはずである。しかし、個人的な事柄なら無理に聞き出すわけにもいかない。

―気にはなる、が。

政宗のほうから話してくれるまで待つしかないだろう。
小十郎は自分を納得させ、日々の仕事に取り組んだ。


小十郎が違和感を覚えてから三月が経った。
未だ理由を明かされず、小十郎はさすがに痺れを切らした。
忍頭を呼びつけ、問いただした。小半時の問答の末、忍頭は平伏した。

「申し訳ありません。誰にも明かすな、とのお言葉です。」

その様子に、小十郎は嘆息する。おそらく幾ら詰め寄っても、忍は口を割らないだろう。
忍頭を下がらせ、小十郎は腕を組む。
政宗が厳命を出したということは、よっぽどの事だ。しかし、なぜ自分に話さないのか。
小十郎は自分が政宗の一番の側近だと自負している。だからこそ主に関わることは全て把握しておきたい。
しかし、主自身がそれを拒むのであれば、手の打ちようがない。
小十郎はまた、嘆息する。

―時を待つしかない、か。

必要と有らば、政宗の方から打ち明けてくれるに違いない。それだけの信頼関係が自分達にはある。
小十郎は普段通りの作業に戻ることにした。


忍頭は政宗の室へと向かった。

「Ah.どうだった。」

室についた途端、声を掛けられる。

「抜かりなく。」

正直に事情を明かせないことを話せば、小十郎が引くのは分かっていた。

「HA!そうだろうよ。」

政宗は筆を置いて返答する。

「あいつの様子はどうだ?」

政宗の問いに、忍頭は答える。

「日々変わりなく。ただ・・・」

忍頭の言葉に、政宗は左眉を上げる。

「気配に敏くていらっしゃるようで、声を掛けられました。」

政宗は声を上げて笑った。

「Great!さすがだな。」

政宗は書きあがった文を折り、忍頭に渡す。

「あいつ、大分読み書きが達者になったぜ。」

忍頭は文を受け取り、首肯する。懐に丁寧にしまいこむ。

「頼んだぜ。」

忍頭は頭を下げ、室を辞す。城から出、ある場所に向かった。


小夜は手を一瞬止めた。直ぐに針を持つ手を動かす。
傍にいるえんは気付かず、作業に没頭している。

「これが仕上がりましたら、お茶を入れましょう。」

えんの言葉に、小夜は、はい、と短く答える。
繕いものが終わり、えんが室を出ていった。
小夜は道具をしまい、天井に目を向ける。すると、影が舞い降りた。

「ご苦労様です。」

小夜の労いに、忍頭は黙礼した。懐から文を取り出す。
小夜は文を受け取り、直ぐに開く。ゆっくりと文字に目を滑らす。

「直ぐにお戻りになりますか?今からお返事をしたためますが。」

忍頭は黙したまま部屋の隅に座りなおした。
その様子を見、小夜は文机に向かう。
小夜が筆を運ばせていると、衣擦れの音と共にえんが戻ってきた。

「あら、文ですか?」

茶と菓子を乗せた盆を、床に置く。

「はい、もう直ぐ終わります。」

小夜はいったん顔を上げ、えんを見る。えんは微笑んで返す。

「こちらはよろしいですから、丁寧におしたためくださいませ。」

小夜は、はい、と応え、机に向き直った。
えんは感心する。
この邸に来たころは、小夜は何も知らず、文字を見ては不思議そうな顔をしていた。
それが、三月足らずで政宗と文をやり取りするまでになった。
小夜は全てにおいて覚えが早かった。
もともと落ち着いた娘であったが、今では武家の娘といっても違和感無いほどである。
そろそろ、ちゃんと師を呼ばねばなるまい。

小夜が筆を置き、えんの方を向く。

「もう一組、お茶を用意してまいります。」

小夜の言葉にえんは首を傾げる。

「お構いなく。」

部屋の隅で上がった声に、えんは飛び上がった。えんはようやく、忍の姿を目に入れる。

「墨が乾くまでいくらかあります。喉を潤していってください。」

小夜はうすく笑み、室を出ていった。
えんは煩い胸を押さえて、忍を窺う。忍は軽く会釈しただけで、黙している。
えんはおずおずと忍に声を掛けた。

「あの、殿に言伝をお願いしてもよろしいでしょうか?」

忍は黙したまま頷く。えんは一つ息を吸い、口を開いた。

「小夜様のもの覚えは目覚しく、私めではもうお教えできることが少なくなっております。学芸をご指導いただける方を遣わせて頂けませんでしょうか、とお伝えくださいませ。」

えんの言葉に、忍は首肯した。
えんは安堵して息を吐いた。しかし、居心地の悪さを覚える。えんは忍というものが苦手だった。
小夜が早く戻ってくる事を、切に願いながら、忍と二人の室で沈黙した。

小夜は茶を運びながら思う。
ここに来てもう何月も経つ。えんも家人も本当によくしてくれる。
政宗はしょっちゅう文を寄こし、忍は自分を邪険に扱う様子は無い。
きっと自分は恵まれている。

それでも胸が満たされることは無かった。
小夜は物心ついた頃から胸にある思いを抱えながら、日々を過ごしていた。

―ここは私の居るところじゃない。

政宗は、迎えに来る、と言った。ならばきっと、政宗の下に自分の居場所がある。
今はただ、来るべき時に備えるのみ。

小夜は茶の乗った盆を手に、しずしずと廊下を進んだ。


暮れゆく空に、夕月がかかっていた。

夕月(ゆうづき):二日月〜五日月
オリジ主が歳に反した精神年齢でスイマセン。
筆頭はこじゅのことをよく分かっているので、それを逆手に取る事がよくあります(笑)
・・・えんと忍頭で話が書けそうだ(笑)



10.11.20


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