やり直しがきくならば、と何度考えたことか。



射干玉の闇に光ふたつ 十九



うさぎ、と名乗った娘から、政宗はゆっくりと事情を聞きだした。

うさぎは一人の老爺の下で暮らしていたが、ある日その老爺が死んだ。
他に身よりも無く、一人でやりくりしていると、突然見知らぬ男が現れ、殴られ、気が付いたときには見知らぬ建物の中にいた。
訳が分からず、外に出ようとしたが、外から閉じ込められていた。
戸をがたがたと動かしていると、突然開いたため、脇目も振らずに外に飛び出した。
すると、男が大声を上げて追いかけてきた。うさぎはただ、走った。
そして、政宗にはちあったらしい。

政宗は嘆息した。
うさぎがどこから来たのかは分からない。だが、予感がした。
後で忍を向かわせようと考えていると、ぐい、と腕が引かれた。
うさぎを見ると、眉根を寄せたまま、戸惑うようにこちらを見上げていた。
自分の手に思った以上に力が入っていることに、政宗は気付いた。

「Sorry.手は離す。だが、逃げるなよ。・・・帰る場所、無えんだろ。」

嫌な言い方だったが、政宗は他にうさぎを留め置く言葉が見つからなかった。
うさぎが小さく頷くのを見て、政宗はゆっくりと手を離す。
うさぎは少し距離を置いたが、逃げる様子は無かった。じっと政宗を目だけで見上げる。
警戒心を解かず、こちらの出方を伺う様子に、政宗は内心感心する。
改めてうさぎを見る。
アルヤよりいくらか幼く、背丈は四尺半も無いだろう。
ぼろぼろの着物は袖が無く寸足らずで、二の腕と脛がむき出しだった。
細い手足から貧しい暮らしをしていた事が分かる。
その容姿とは裏腹に、うさぎがまとう空気は凛としいて、ますますアルヤと似通っていた。

「あんた・・・俺のところに来ないか?」

思わず、政宗は口にしていた。内心動揺するが、表には出さなかった。
うさぎはいっそう眉を寄せる。その様子が歳に見合わず、政宗は心を決めた。

「俺と来い。俺はあんたの居るべき場所を知ってる。」

政宗の言葉に、うさぎは目を見開いた。
なんで、と呟くのが聞こえ、政宗は確信する。
やるべきことは分かった。後はどう進めるか、だ。
政宗は少し考え、忍を呼んだ。うさぎは突然現れた人の姿に一歩後ずさったが、黙って立っていた。
その様子を目の端に、政宗は忍に言伝を言い渡した。
忍が姿を消してから、うさぎを連れて、政宗は歩を進める。政宗の頭の中を今後の段取りが目まぐるしく巡る。
うさぎは黙って後に続いた。

城に程近い神社の片隅に、二人で腰掛ける。
うさぎは何も聞かず、じっと地を見つめている。
その姿に、政宗はまたアルヤを思い出した。

―そういや、あの人あんま喋んなかったな。

声色は覚えていない。だが、あのときの言葉は鮮明に覚えている。
小十郎も知らないだろう、あの言葉。

忍の気配に、政宗は意識を引き戻す。

「委細承知、との事です。侍女の、えん、の屋敷へと。」

忍の報告に政宗は腰を上げる。うさぎも立ち上がる。

―えん、か。

確か、仕事ぶりが真面目で器量の良い女だ。やや大らかな印象もあるが、信用は置ける。
政宗は人選に満足し、忍の先導を受け、えんの邸へうさぎを連れて行った。


極秘に、という連絡が通っており、えんと家人だけが政宗達を迎えた。うさぎを見ると目を丸くする。

「湯を用意できるか?」

政宗の言葉に、家人が慌てて動く。えんが奥へ二人を案内する。
政宗は室の上座に座す。えんは下座に座したが、うさぎは廊下で立ち尽くしていた。

「うさぎ、俺の隣に座れ。」

政宗の言にえんが目を丸くする。
うさぎは一拍置いて、えんの横を通り、政宗の左横に正座した。政宗のほうを向いて。
政宗は苦笑する。

「えんの方を向いて座れ。」

言われ、うさぎは方向を変える。
えんは戸惑いながらも、確りと二人を見つめていた。

「えん。今から俺が言うことは、これより一年誰にも明かすな。」

政宗の固い声に、えんはいっそう背筋を伸ばす。そして、政宗が告げた言葉に、驚いた。
説明を終えると、政宗はえんに念を押す。

「いいか、これは俺とあいつと忍、そしてあんただけで事を進める。小十郎にも言うな。」

えんは一呼吸置いて、かしこまりまして、と頭を深く下げた。
政宗はうさぎに顔を向ける。

「あんたはこれから、このえんの世話になる。一年経ったら、迎えに来る。」

政宗は、紙と筆を、とえんに言う。直ぐに用意されたそれに、二文字書き付けた。
差し出すと、うさぎは困った顔をして政宗を見た。その顔を真っ直ぐ見、政宗は言う。

「小夜。これからのあんたの名だ。」

さよ、と口に出す姿は、無感動にも見えるが、そうではないことを政宗は知っている。

「とりあえず、湯を使ってさっぱりしろ。その格好はさすがに、な。」

苦笑する政宗に、小夜は首を傾げた。


一人城に戻る道中、政宗は影に命じる。

「聞いた通りだ。忍全てに触れを出せ。小十郎から何が何でも隠し通せ。」

本領発揮だぜ?と政宗が笑う。影は黙してそれを受け止める。

さて、と政宗は考える。
今頃小十郎が角を生やして待ち受けているだろう。どんな言い訳をでっち上げるか。

政宗は軽い足取りで歩む。


西の空低くに、既朔が輝いていた。

既朔(きさく):一日月
いきなりオリキャラ増やしてスイマセン!
えんは、漢字を当てるなら”燕”です。
これも一応、裏設定あり・・・。



10.11.20


十八←  →二十