全てが夢であったなら。
小十郎の傷が治るのを待たず、梵天丸は城へと戻ることになった。
梵天丸は小十郎の顔を見るたびに謝ろうとしたが、小十郎は目を合わせず、首を振るだけだった。
兵と共に片倉の家を後にする梵天丸を、小十郎は深く頭を下げ、見送った。
梵天丸の辛そうな目を見ることは無かった。
指で傷を抉る。
滴り落ちる血を、小十郎は見るともなしに見た。
小十郎の傷は、十日経っても癒えるどころか酷くなっていった。
小十郎は毎夜、森へ行った。
小さい森の中をうろうろと歩き回った。
夜が明け、家人がやってくると、家へと足を向ける。
あの日から、小十郎は一言も言葉を発しなかった。
小十郎は度々熱を出し、食事を摂る量が減っていった。
家人も、兄姉も、親も、小十郎に何も言えなかった。
小十郎は今日も森を探る。
がさがさ、と草を踏み分け、木々の間をただ進む。
―真っ直ぐ進めば、きっと
彼の人が自分を見つけてくれる。
熱く、ふらつく身体を無視して歩く。
目を貫く朝日に、小十郎は顔を背けた。
二十日を数えようとした頃、小十郎は床に臥した。
暗い。
何も見えない。
月が、出ていない。
どたどた、と床を踏みしめる音に、小十郎は目を開けた。
勢いよく障子が開く。
梵天丸が肩をいからせて立っていた。
小十郎は口をわずかに開いたが、何も音を発することが出来なかった。
梵天丸は布団を撥ね退け、小十郎の胸倉を掴みあげる。
小十郎の背が床から浮く。
「何やってんだ!お前!」
梵天丸の声と隻眼が小十郎を射抜く。
小十郎は、だらり、と腕を下ろし、されるがままになっている。
梵天丸は更に目を吊り上げる。
「馬鹿野郎!」
梵天丸が乱暴に手を離す。小十郎は背中を打ちつけ、咳き込んだ。
梵天丸は力いっぱい小十郎を見下ろす。
「あの人が見たら泣くぞ!」
小十郎が、ばっ、と顔を上げる。
「あんたにあのひとのなにがわかる!」
小十郎の掠れた、不明瞭な叫び声に、梵天丸は怯まなかった。
「俺よりもお前のほうが分かってんだろうが!」
梵天丸の言葉に、小十郎は、びくり、とした。
「あの人が何を望んでるのか、お前にどうしてほしいのか、お前が一番分かってんじゃねえのか!」
小十郎は、梵天丸を見上げる。梵天丸は確りと小十郎を見返す。
「お前が確りしなけりゃ・・・どうしようもねえだろうがよ!」
梵天丸は拳を強く握りこみ、奥歯を噛み締める。
梵天丸は、逃げなかった。
小十郎は重い身体を動かし、居住まいを整える。
正面に立つ梵天丸を見上げる。
「ありがとう、ございます。」
言葉と共に、小十郎は床に手をつき、深く頭を下げた。
梵天丸こそ、自分にとっての一条の光。
自分は右目として、どこまでもお供する。
眩しいほどの陽射しが、床板に反射していた。