満たされた時間は、長くは続かない。



射干玉の闇に光ふたつ 十五



眩しい陽光が顔に当たり、小十郎は目を覚ました。
隣には小さな主がぐっすりと眠っている。
小十郎が身体を起こすと、小屋からアルヤが出てきた。そのまま泉に向かうのを確認して、小十郎は手拭を取りに行く。
いつもと同じやり取りの最後に、アルヤは、ふと、視線を森にやった。そのまま、じっと見つめる。
まさか、また客が来たというのだろうか。小十郎はアルヤの顔色を窺う。
アルヤは小十郎の視線に気付くとうすく笑い、何も言わなかった。
ござの擦れる音が聞こえて、梵天丸が起きるのが分かった。

朝食を終えて、静かな時間が訪れる。
何も話さない二人を怪訝に思ったのか、梵天丸は、ちらちらと二人に視線を送った。
両者とも気にせず、食後のひと時を過ごす。梵天丸はついには溜息を吐いていた。

小十郎とアルヤが仕合を始めると、梵天丸は動きを止めた。
飛び散る火花にも閃く光にも目を閉じることなく、食い入るように見入る。

―すげえ。

仕合が終わり、梵天丸は詰めていた息を大きく吐いた。
どちらも軽く息が上がっているが、さっきまでの激突を思えば、不思議なほど穏やかなものだった。

―小十郎の本気、初めて見た。

殺気こそ無いものの、あそこまで闘志を漲らせている小十郎を見たのは初めてだった。
自分と相対しているときは手加減されているのだ、と改めて感じる。
そして何より、小十郎に本気を出させているアルヤに感服した。
アルヤの動きは軽やかで舞うようだが、その一戟一戟はその細腕のどこから出るのかというほど重かった。
刀を鞘に納めて微笑みあう二人に、梵天丸はふつふつと湧く羨望と闘志を抑えられなかった。

日が中天を過ぎ、小十郎とアルヤは刀を引いた。仕合はいつも一刻ほどで切り上げることになっている。
梵天丸に目をやれば、こちらをじっと見ていた。主は向上心が強い。今の仕合を見て思うところがあったのだろう。
その目からはアルヤに対しての警戒心が薄れており、憧憬や闘争心が現れて見えた。そのことに小十郎は少し安堵する。
小十郎からすればどちらも尊い存在。出来れば歩み寄ってほしいと思っていたからだ。
梵天丸がアルヤを知りさえすれば、問題は解消する。それは果たしてその通りだった。
アルヤは梵天丸を見ると、うすく笑った。

「やるか?」

声を掛けられ、梵天丸が目を丸くする。小十郎が言葉を足す。

「アルヤ様と手合わせなされますか?初めは木の枝でとなりますが。」

梵天丸は小十郎とアルヤを見比べ、やる、と答えた。森に駆けていくのに、小十郎はアルヤと笑みながら後に続いた。
お互いに手ごろな枝をみつけ、広場に戻る。
梵天丸は躊躇わずアルヤに斬り込んでいく。アルヤは軽くいなしつつ、時折梵天丸に助言する。
しばらくして、以前の小十郎のように手首を打たれ、梵天丸は枝を取り落とした。
アルヤは少し考える素振りをし、小十郎、と呼ぶ。

「もう一本枝を用意してくれ。」

小十郎が言われたまま枝を持ってくると、アルヤは梵天丸に、使うように、と言った。

「二本同時に繰ってみるといい。」

梵天丸は枝を受け取り、少し首を傾げていたが、両の手それぞれに枝を持ち、アルヤに向かっていった。
二刀流となった梵天丸の動きが徐々に良くなっていく。死角となる右側にばかり意識が行っていたのが、両手に獲物を持つことで左側を疎かにしなくなってきていた。
生き生きと枝を振るう主の姿に、小十郎はアルヤへの感謝の念を深めた。

半刻ほどして、梵天丸は枝を手放した。その両手首はいくらか赤くなっており、小十郎は湿らせた手拭を巻きつけた。
梵天丸は悔しそうにしている。アルヤに一太刀も浴びせられなかったからだ。
小十郎が、八年前の自分もそうだった、と言うと、梵天丸は一応は納得したようだった。
梵天丸は荒い息を吐きつつ、横目でアルヤを見る。アルヤが涼しい顔で泉の水を飲んでいるのに、口をへの字にした。
小十郎は苦笑して、何かお食べになりますか、と訊く。梵天丸が頷くのを見て、梨の木に近付き、実を切り落とした。
手早く剥いて、アルヤと梵天丸に差し出す。
梵天丸は季節外れの梨の実をじっと見ていたが、アルヤが食べているのを見て、自分も口にした。
一口目で梵天丸は大きく目を見開いた。しげしげと梨の実を見る。その様子を見つつ、小十郎も梨の実を口に入れる。
爽やかな、それでいて蜜のような甘みが口に広がる。この森の木の実はどれも外の果物とは段違いの美味さだ。
梵天丸は次々と梨の実を口に入れていき、あっという間に平らげた。

「梨の別名を知っているか?」

先に食べ終えて寛いでいたアルヤが突然問うた。小十郎と梵天丸は記憶をたどる。

「有の実、でしょうか。」
「そうとも言うな。」
「・・・他に聞いたことないぜ。」

自分と梵天丸が首を傾げていると、アルヤが聞きなれない言葉を発した。

「Pear、と言う。」
「・・・ぺあ、ですか?」
「・・・初めて聞くぞ?」

不思議そうな顔をする自分達に、アルヤは柔らかく笑う。

「南蛮語だ。」
「南蛮語?!」
「・・・海の向こうの言葉、ですか?」

驚く自分達に、アルヤは言葉を連ねる。

「Persimmon,Peach,Cherry,Plum,Loquat.全てここにある木の実の名だ。」

そう言って、呆然とするこちらを見る。

「美味かったか?」

その問いに、はっとして、はい、とても、と答える。梵天丸も頷くのが目の端に見えた。

「そうか。ならば育てた甲斐がある。」

その言葉に更に驚いた。それは、つまり。

「・・・アルヤ様がこれらをお育てになったのですか?」

小十郎の問いに、アルヤは、ああ、と頷いた。

「初めはなかなか上手くいかなかったが。」

色々調べて試行錯誤した結果だ、と言う。
なんで、と梵天丸が呟いた。

「食べてもらいたかったからだ。」

アルヤがこちらを見て笑みを深くした。
小十郎は胸がつかえて何も言えなかった。

梵天丸は南蛮語に興味を持ったらしく、アルヤに色々質問していた。アルヤは問われるままに、すらすらと答える。
小十郎はその様子を、ただぼんやりと眺めていた。
アルヤは色々なものを与えくれる。

―自分に返せるものはないだろうか。

森が閉じる前に、何か見つかればいい。
小十郎は主の元気な声と、アルヤの静かな声を耳に、空を見上げた。


西の空が茜に染まり、星が瞬きはじめていた。

※Persimmon,Peach,Cherry,Plum,Loquat=梨、桃、さくらんぼ、梅、枇杷
梵、オリジ主に落ちました(笑)
筆頭の英語かぶれを捏造。・・・スイマセン!



10.11.15


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