また光を見つけた、と小十郎は思った。



射干玉の闇に光ふたつ 十二



徐々に明るい表情を浮かべるようになった梵天丸に、小十郎は安堵した。だが、時折見せる深く暗い顔が気になってもいた。
そしてある日、梵天丸に告げられた。

自分の右眼を潰すように、と。

小十郎は無論断った。臣下が主に傷をつける等もっての外だ。
しかし、梵天丸は引かなかった。そして言った。

『自分では力の加減が分からない。やられるならお前が良い。』

そこまで言われては小十郎とて要求を呑まざるを得なかった。

鋭く研がれた刃が肉を抉る。
その感触を、小十郎は忘れない。

その時より、小十郎は主の右目となった。


「小十郎!付き合え!」

梵天丸の大きな声が辺りに響く。その声色は明るく、強い。
小十郎は、は、と短く応え、梵天丸の後に続く。活発になった梵天丸の後姿に目を細める。
木刀を構える梵天丸と向かい合い、右脇から木刀を抜く。
梵天丸は筋がよく、めきめきと剣術の腕前を上達させていた。
木刀がぶつかり合う。主従の間で蒼い火花が散った。

小十郎と梵天丸は毎日多くの言葉を交わした。
日々の挨拶からはじまり、剣術について、政について、市井の様子について、と多岐にわたった。
梵天丸は聡明で、小十郎からどんどんと知識を吸収していった。
ある時、梵天丸は小十郎に師は誰だ、と尋ねた。小十郎の知識はただの小姓上がりにしては幅広いと感じたからだ。
小十郎はしばらく黙した後、覚えておりません、と答えた。その答えを怪訝に思い、梵天丸は更に訊いた。
またいくらかの沈黙の後、小十郎は噛み締めるように話し出した。
梵天丸は眉をひそめた。荒唐無稽だと思ったからだ。だが、小十郎の表情はひどく真面目で、真摯さすら感じられた。

「全て、彼の人あってこその小十郎です。」

小十郎は誇らしげにさえ見えた。柔らかく笑う。
梵天丸は真っ直ぐ見ていられず、床に目を落とした。


時折小十郎が、自分を通して誰かを見ている、と梵天丸は感じた。

―”彼の人”ってヤツか。

その時の小十郎は柔らかく笑っており、梵天丸は居心地を悪く感じながらも、制する事が出来なかった。
普段見ることの出来ない表情に、誇らしさと敵愾心を感じる。

―小十郎の主は、俺だ。

梵天丸は”彼の人”について調べた。その人物については全く分からなかったが、”還らずの森”についての噂を耳にした。
通称”魔の森”と呼ばれ、周囲に住まう者に畏敬の念を持って捉えられていた。誰も足を踏み入れない手付かずの森らしい。
何故ならば、神隠しが起こるからだという。月夜の晩に足を踏み入れると、何刻も森の中を彷徨う羽目になるのだとか。中には帰ってこなかった者もいるらしい。
実際の森は直線にして半町もないので、有り得ない事だ。

―それで”還らずの森”か。

俄かには信じがたい話だが、小十郎の話と辻褄は合う。
梵天丸は真偽を確かめようと、何度か夜に城を抜け出そうとしたが、ことごとく失敗に終わった。当の小十郎に捕まるのである。
小十郎曰く、自分は分かり易過ぎるらしい。他の者は気付かないので、梵天丸は憮然としつつも大人しくする。
そんな様子の梵天丸を見て、小十郎は溜息を吐いた。梵天丸に向き直る。

「お行きになっても、彼の人にお会いすることは出来ません。」

妙に確信をもった言葉に、梵天丸は小十郎を見上げる。小十郎は痛みを耐えるような顔をして、自分を見下ろしていた。
訊けば、小十郎自身も何度か”魔の森”に行った事があるらしい。
時期があるのです、と小十郎は言う。苦しそうな表情に、梵天丸は何も言えなくなった。

―会えるとしたら、小十郎は

行ってしまうのだろう。そう思う。

―嫌だ!

小十郎は自分にとって欠かせない者である。それはきっと、この先ずっと変わらない。

―渡さない!

梵天丸は心の中で叫び、手を握り締めた。


それから何年かの後、小十郎はひと月ほどの暇を申し出た。訊けば、実家に用があるのだという。
輝宗にはもう許しを得ている、と小十郎は、ひた、と自分を見つめる。
時期が来たのだ、と覚った。
主の許可を得た小十郎が室を辞した後、梵天丸は忍を呼んだ。小十郎が”魔の森”に向かうようなら、自分に直ぐに知らせるように命じる。
忍が姿を消した後、梵天丸は不敵に笑む。

―さあ、勝負だ。

梵天丸は障子を開け、空を見上げる。


上弦の月が、南の空に輝いていた。

Let's party!
半町は500メートルちょっと。
つじつまを合わせようと必死です・・・。



10.11.13


十一←  第三章→十三