初めて会ったときから捕らわれているのかもしれない。それすらも小十郎にはどうでもよかった。



射干玉の闇に光ふたつ 四



各々が手でもいだ桃の実を食べた後、家人が持たせてくれた食べ物を二人で食べた。
味噌がぬられた焼きおにぎりをアルヤに差し出すと、味噌か、久々だな、と言い、手に取った。
うすく笑んだ口元に、おもいだしてよかった、と小十郎は思った。

腹が膨れると、小十郎にとっては大冒険をしたこともあってか、瞼が重くなってきた。
その様子に気づいたのか、アルヤは小十郎に小屋に入るよう促した。
小屋の中にはござが四枚あり、一枚を地に引き、一枚を上に掛けるよう、アルヤは言った。
今は夏ではないが、これだけでは頼りないように思えたとき、小十郎は気が付いた。

―そういえば、さむくない。

夜となれば、さすがに冷え込む時季のはずが、それが感じられない。
不思議に思ったが、アルヤがござに潜りこむのを見て、小十郎もそれに倣った。アルヤから少し離れた場所に、並んでござを引く。
アルヤといい、木の実といい。気温くらいは気にすることでもないのかもしれない。
ござを被ったところで、小十郎はふと頭に浮かんだことをアルヤに問うた。
そういえば、自分から声を掛けるのは初めてかもしれない。

「あの、アルヤさま。明日はどうする、んですか?」

小十郎の声にアルヤは瞼を上げると、月色をこちらに向けた。

「お前は何がしたい?」

小十郎は困った。問い返されるとは思っていなかった。月色をじっと見返しながら、考える。

―やりたいこと?

父は全てお任せすればよい、と言っていた。自分がやりたいことなど考える余地が無いように思える。
月色は動かない。自分をじっと見つめているだけだ。

―やりたいこと。

自分が考えねばならない、と小十郎は思った。すると、今日起きたことが思い返される。
家を出て、森に入り、アルヤに出会い、竹の葉で器を作り、泉で手足を洗い、木に登り、桃の実を食べ、おにぎりを食べた。

―こんどは・・・

小十郎はいつの間にかアルヤから外れていた目線を戻し、言う。

「また、木にのぼりたいです。こんどはじぶんで、おりたいです。」
「では、そうしよう。」

アルヤはあっさり頷くと、寝なさい、と優しく言った。月色が瞼に隠れる。
小十郎もアルヤに倣い、目を閉じる。

―明日はじぶんで木からおりる。

自分で立てた目標に満足し、小十郎はすぐに眠りに就いた。
夢は見なかった。


瞼に当たる光に起こされ、小十郎は目を開けた。
目の前に見える見知らぬ天井、鳥のさえずる声、風が木の枝を揺らす音。
小十郎はここが自分の家ではないことを思い出し、寝転んだまま横を向いた。
一人の娘が目に入る。娘は目を閉じて、自分と同じように寝転んだままだった。

―アルヤさま。

心の中で名を呼ぶと、アルヤの目がぱかりと開いた。月色がこちらを向く。

―あれ?

「お早う、小十郎。」

声を掛けられ、慌てて返事をする。

「お、おはようございます。」

アルヤは小十郎の挨拶を聞くと、起き上がり、床を上げ始めた。
小十郎も慌ててそれに倣い、起き上がってござをたたむ。
自分はさっき、何を思ったのだったか。

「顔を洗おう。」

アルヤは小十郎がござをたたみ終わると、そう言い、小屋を出る。
小十郎は慌てて後を追おうとして、足を止めた。

―そういえば、てぬぐいがあった。

昨日、家人が持たせてくれた荷物の中に、手拭があったのを思い出したのだ。
風呂敷を解き、手拭を取り出して、アルヤの元に向かう。
アルヤはしゃがんで泉の水を手で掬い、顔を洗っていた。顔を上げたところで、手拭を差し出す。
それを目の端に捉え、アルヤがこちらを見上げる。月色が陽にきらめく。

―やっぱり。

小十郎は確信した。

―きのうより、色が黒い。

アルヤの月色の瞳が、昨夜より色濃いのだ。

「ありがとう。」

小十郎は、はっとした。アルヤが自分の手から手拭を取り、うすく笑う。

「い、いえ。」

月色が手拭に隠れる。小十郎はじろじろと見てしまった自分を恥じた。
それを誤魔化すように自分もしゃがみ、顔を洗う。顔を上げると手拭が差し出された。

「あ、ありがとうございます。」

アルヤは自分の礼に、うすく笑う。その後、また義父姉のような顔をした。

「いつか、解る。」

小十郎はぎくりとしたが、何も言わず月色を見る。
聞いてはいけない、そんな気がした。

「さあ、朝餉を作ろう。」

アルヤが立ち上がり、小屋に向かう。小十郎も慌てて立ち上がり、その後を追う。


心に浮かんだ不安は、考えないことにした。

こじゅ、初めて名前を呼ぶ。やっとだよ!
こじゅ、歳の割りに聡過ぎる・・・まあこじゅだしね!(またか)
オリジ主の目の色は、ちょっとしたキーワードになっています。


10.11.09


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