月が、光輪の様に、彼の人の後ろに。
小十郎は五歳のとき、初めて彼の人に会った。
それは自分の生家である片倉が管理する、森の中であった。
父である景重が、米沢八幡社が神官として命を下した。
『よいか、小十郎。お前はひと月の後、一人で「還らずの森」に行かねばならぬ。』
小十郎はただ、『はい、ちちうえ』と答えた。それ以外には考えられなかった。
小十郎は片倉家の次男として生まれたものの、特に何を求められたわけでもなく、伸び伸びと育った。
そう、何も求められなかったのである。
男子としての自覚が生まれてくると、小十郎にはそれが苦痛に思えてきた。
小十郎の兄は八幡社の跡継ぎとして教育を受けていた。
兄は周囲からも利発と称され、幼い小十郎からすれば何でも出来る雲の上の存在だった。
―兄上のように、なりたい。
その一念が先の一言を小十郎に言わせた。
景重は一瞬黙したが、言葉を続けた。
『小十郎、「還らずの森」が”魔の森”と呼ばれていることは知っておろう。並大抵の覚悟では立ち入ることは出来んぞ。』
景重が重く発した声に、小十郎は怯まず、ただ『はい、ちちうえ』と答えた。
兄のように、利発に見えるように。
景重は小さく息を漏らしたが、更に続けた。
『そこでお前は数日過ごさねばならぬ。・・・何日かかるかは分からぬ。』
景重の言に小十郎はさすがに不安を覚えた。自分はまだ幼い。兄のように、と念じてはいるが一人で何日も森の中で過ごせるとは思えない。
『・・・彼の方に全てお任せすればよい。』
景重は更に重く、言葉を続けた。
―かのかたとはだれだ。
戸惑う小十郎を余所に、景重は『よいな。』と締めくくった。
小十郎はただ、『はい、ちちうえ』と答えた。兄のように。
ひと月後、小十郎は”魔の森”の前にいた。
今まで着たことの無い上等な衣をまとい、手には僅かな食べものと水と着替え。
景重は含めるように『よいか、彼の方に全てお任せするのだ』と言っていた。
だが、肝心の”かのかた”が誰なのかは、教えてくれなかった。
―これは、だいじな”せきむ”だ。
小十郎はごくり、と唾を飲んだ。兄が普段からよく口にする”責務”という言葉が頭に浮かぶ。
意を決して足を踏み出そうとしたとき、義父姉の喜多の言葉が過ぎった。
『よいですか、小十郎!あやかしに会ったらすぐに逃げるのですよ!』
息せき切らせて、普段では考えられないほど大きな声を発した義父姉。
家を出る直前に自分が”魔の森”に行く事を知ったらしく、痛いほどの力を込めて両肩を掴んだ。
浮いていたかかとが地に戻る。
―あやかしが、いるのだろうか。
思わず下がった目線をぐっと上げる。
―兄上のように、むねをはるんだ!
目の前には真っ黒な森。正面、木々の隙間から大きな満月が覗いている。
こんな真っ暗闇が支配する時間に、小十郎が家の外に出たことは無かった。
ここまでは、下男が連れてきてくれた。
”魔の森”近付くにつれ、繋いでいる右手を握る手が強くなっていった。
森の近くまでいくと、下男は『いいですかい、小十郎様。変なもんが出たら真っ直ぐ逃げるんですよ!』と言った。
小十郎は、にげたりしない、と思ったが、右手を握る手が更に強くなって何も言えなかった。
下男が度々振り返りながらも家に帰るのを見て、小十郎は初めて怖いと思った。
―これは、だいじな”せきむ”だ!
左手に持った荷物が、ぎり、と鳴る。
小十郎は一人、”魔の森”に足を踏み入れた。
月を目指して真っ直ぐ歩く。でないと暗闇に引き込まれそうだった。
色々な物音が聞こえる。虫の声、草の音、風の音。小十郎は構わず、ただ前を向いて歩き続けた。恐ろしさを振り切るように。
どれだけ歩いたのか、小十郎自身も分からなくなってきた頃、正面に月以外の光が二つ並んで見えた。
ぎくり、として足を止める。
「小十郎」
と、同時に自分の名前が聞こえた。正面の二つの光から。
導かれるように、小十郎は足を進める。
月を背後に、彼の人が立っていた。
真っ黒い髪に、白い肌。月色の瞳が輝いていた。
初連載でございます。やっちまった感満載ですが。
どうしても書きたかったんだ・・・!ていうか、タイトルすいません・・・これ好きなもんで・・・・!
オリジ主は人外です。ばさらの中ではあまり特異な容姿ではありませんが(笑)
さて、書きたいことを全部詰め込もうと思います。お付き合いいただけたら幸いです!
10.11.08
→二