「挑む人」


珍しく9課の面々で居酒屋に行く事になった。
普段ならバーになだれ込むところだが、珍しく多くの一般人に紛れる事になったのである。
居酒屋という単語に、最初は難色を示した男達だが。
言いだしたのが素子となると、誰も抗議など出来よう筈もなかった。


赤黒い柱が印象的な、アジアンテイストの居酒屋。
そこが素子が選んだ舞台だった。
ぞろぞろと連れ立ってやってきた男達を、珍しげでも無く店員が席へと案内する。
掘りごたつ形式の座敷となっているそこは、木材で出来た御簾で通路と隔離されている。入ってみれば表の看板の軽々しさよりは落ち着いたたたずまいだった。
『…普通の居酒屋だよな…』
トグサの視線を受けながら、バトーもさり気なく辺りを観察する。
『ああ、今の所何の異常も見受けられない』
『じゃあ何だ?本当にただの少佐のきまぐれか?』
バトーとトグサのところにイシカワも顔を突っ込むと。
同じような疑問を抱いているらしいボーマ・サイトー・パズの視線も集まった。
非常に微妙な気持ちになっている男達を前にして、一人素子ばかりが笑顔笑顔。
彼女はさっさと奥の席に腰掛けると、メニュー表を取りだして声をあげた。
「さぁさぁ、一日の疲れを取るにはお酒が一番♪ぱ〜っと飲みましょう」
言った途端に店員が脇にやってくる。
その素早さは、忍者並だとサイトーがぼやいた。


何はともあれ最初は生中で乾杯でしょう、と飲み始めてしまえば。後は平和な飲み会である。
ちょっとバトーが素子にセクハラしようとして殴り飛ばされたり、掘りごたつにボーマの腹が詰まったり、テーブルの下でパズの足がサイトーにちょっかいかけたり、トグサが最近夫婦の危機を感じる…と泣きだしたり、イシカワの髭にビールの泡がついて取れなくなったりと、そんな程度の騒ぎをしながら。
「サイトー、これ飲め!」
「…今度は何ですか?」
義体のくせに赤い顔をした酔っ払い素子が、サイトーにメニュー表を指し示す。先ほどから素子があれやこれと、サイトーに様々な酒を勧めるのだ。
君子危うきに近寄らず、9課は素子に逆らえず。
「"魅惑のスモモリキュール"?」
「店員さ〜〜〜〜んっ!!!」
素子の指が示した酒の名前に、サイトーとパズが揃って眉をしかめていると、素子はさっさとオーダーをとってしまう。既に5.6回は繰り返されたその行動に、流石のサイトーも段々不安になってきた。
体内プラントこそ無いが、飲んでも大して酔いはしない。いわゆるざるだ。
それにしても。
「少佐、興味があるなら自分で飲んでみたらどうですか?」
届いた赤い可愛らしいグラスに入った酒を、サイトーは素子に逆に勧める。
だが、即座にそれをサイトーに押し戻し、素子は座った目つきで呟いた。
「あんたが飲まなきゃ意味がないのよ…飲みなさい」
低い声で命令されれば「はい」と頷くしかない。
柄にもないグラスを手に、ぐい〜〜〜〜っっとそれを飲んだサイトーの頬を、突然素子の指が触れたのはその時だった。


目の前の素子から伸ばされた手が、頬をすりすりと撫でている。
その動きにサイトーがグラスを掲げたまま固まってしまい、視線だけを隣に座っているパズに飛ばした。…助けてくれ…とその目が訴えていたが、素子が何を思って触っているのかが判らないと下手に逆らうのは命に関わる。
「しょ、少佐?」
思わずごっくんと唾を飲み込みながら、パズが決死の覚悟で声を掛けると。
「お肌、ツヤツヤにならないわね〜」
素子はパズには目もくれず、ただただサイトーの頬を眺め擦りながら呟いたのである。
ツヤツヤ?と更に目が点になっていくサイトーを他所に、トグサがメニュー表に視線を落として「あ」と声をあげた。
「もしかして少佐、この『美肌シリーズ・コラーゲン入り』って酒をサイトーに飲ませてたんですか!?」
「美肌?コラーゲン?」
何だ?と男達が揃ってメニュー表に視線を集めると、確かにそこには先ほどから素子が注文しまくり、サイトーが飲まされまくっていた酒の名前がずらずらと。どれもこれも「美肌」の文字が踊っている。
「お前、こんなのに興味があったのか? 義体なんだから、関係ねぇだろ!?」
呆れて叫ぶバトーの顔を裏拳で殴り飛ばしてから、素子は突然立ち上がった。
男達の見上げた視線を集めた彼女は、赤い顔を隠そうともせず叫んだのである。
「美肌の効果が確かなら、今度デートの時にこの店使えるじゃない!!!」
生身の女の子を連れ込める理由になるじゃない!!!
真剣に叫んでいる素子を見ながら、男達は重要な情報を思いだしていた。
…少佐、バイセクシャルでしたね…
「というわけで、パズ!サイトーのお肌の調子が良くなってるかどうか、確認!」
「確認って、何で俺で試すんですか!?」
「しかも何で俺が確認ですか」
命令された2人がぎょっとして素子を見上げると、彼女は魅力的な唇を悪魔的に歪めた。
「9課で一番の色白柔肌といえばサイトー。そのサイトーの肌を一番知っているのは、お前だろう?」
そう呟いて、パズを見下して。
「そりゃ俺が誰より知ってますが」
「いや、えばらなくて良いから、お前も」
思わず胸を張るパズに、サイトーが頭を抱えたくなる。素子とパズの発言は、暗にサイトーとの関係を思わせるには十分だったからだ。何が恥ずかしくて、こんな所でそんな話を…とサイトーが思っていると。
「今のサイトーの肌はベストか?」
「…いいえ、7割ってところですね」
素子の問いに、今度はパズがサイトーの顔に触れてきた。
「ちなみに10割な時って、どんな時?どんな具合?」
「少佐…」
「そりゃ勿論、情事の後が一番の肌になってますよ。しっとりツヤツヤ指に吸い付くような…」
「パズっ!!!」
サイトーの顔を散々触りながら、不穏極まりない発言をする2人ー特にパズーにサイトーが叫ぶと。
何を思ったのか、素子が通路と座敷を隔離してきた御簾を強引に持ってきて、パズとサイトーを隠すように天井に突き刺す。器物損壊も甚だしいその行動に、一同が呆れ返っていると。
「10割の肌が見たいわ!今からやんなさい!!!
素子が物凄い笑顔で下した命令に、男達が一斉に口にしていた酒を吹きだしてしまった。


「やんなさいって…………って、ええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!?」
真っ赤な顔になって叫ぶトグサの口を、バトーが慌てて手で塞ぐ。その目が「止めないと!!」と常識的に訴えていたが、バトーは素子の顔をちらりと盗み見てから首を振った。…横に。
『駄目だ、物凄いキラキラした顔してやがる!』
『で、でも、このままじゃサイトーがっっ!!!!』
トグサの視線が御簾の向こうになったサイトーのシルエットを伺うと。
明らかに御簾の向こうでは、パズとサイトーが硬直してフリーズしていた。


やんなさい!!!という素子の声が頭の中でやまびこの様に繰り返している。
右目を真ん丸に見開いたサイトーを見つめながら、流石のパズも固まっていた。
やれと言われてやるものでも無いし、何より御簾の向こうは仲間達がいるのである。いや、そもそもここという場所が、公共の場所ではないのか。
公安が公共の場所で公然わいせつ罪とは、これいかに。
常識的に考えれば出来る事ではない。
だが、命令したのは、あの、素子である。
生きる伝説、笑う閻魔大王、歩く核兵器とまで言われる、あの素子の命令なのである。
「……………おいおい」
パズは自分を落ち着けようと煙草を口にはさんだ。
御簾の向こうの男達も黙り込んでいるのが余計に辛い。ああ、どうしよう。ここでサイトーと何しろというのか。本当にそうなのか。やんなきゃ駄目か。殺されるかもしれない。いや殺されるな。確実だ。うん。少佐なら間違いなくやる。どうしよう。ああ、どうしよう。
パズの思考がぐるんぐるんと回転していると。
「…お前が…」
サイトーの口が小さく動いた。
「…お前が、余計な事を言うから…」
そう呟く顔が絶望に満ち溢れているのを見て、パズは「確かにその通りだ」とうなだれた。
ついついサイトーの事となると意地になる自分が、こんな時ばかりは本当に嫌になる。…とパズが溜息をつくと。
「…責任取れ」
「え?」
やれ。やれるもんならやってみろ
むんっと、サイトーが突然凛々しい顔になって、腕組みをして言い放ったのである。
開き直ったサイトーの声は御簾の向こうにまで届き。
それを聞いたパズのみならず、バトーやトグサ達も同様に顔面蒼白になってしまった。
『ええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!?』


サイトーの発言に素子が浮き足立っている。
全身で『楽しみだわ』という感情を表している彼女の背後では、男達が抱きあって恐怖に震え上がり。
更には初めてサイトーから求められたパズが、呆気にとられて口をポカンと開けていた。
いつだって関係を持つのは、パズの方から誘ってやっとの事なのに。
サイトー自ら『やれ』と言ったのだ。
据膳。
これは据膳。
でも、据膳を食う場所じゃないんだここは。
さぁ、どうする、俺!?


パズが究極の選択を迫られた、その時。
『少佐!新浜4区の重機製造工場で爆発だ。犯罪の可能性が濃厚。至急向かってくれ』
荒巻の声が、全員の脳を叩いた。


男達はその声を聞いた瞬間の素子の顔を、生涯忘れる事は無いだろう。
この世の地獄を見てもこんな恐怖を味わう事は無いと思われる、そんなトラウマを男達の心に残すような表情で素子は叫んだ。
「許さない!犯人を捕まえたら八つ裂きにしてやる!!! パズとサイトーはこの場で美肌を完成させときなさい!後の野郎共、一秒でも早く犯人を捕まえるのよ!行くわよ!!!」
言いながら我先にと店を飛びだしていく素子と、慌ててその後を追う男達。
その背中に、パズはそっと電通を飛ばした。
『一秒でも長く引き伸ばしてくれ!!!』
『判った』
返答はすぐさま跳ね返ってきた。
のだが。


「…………」 目の前には腕組みしたサイトーの冷たい視線。
冷えきってしまった据膳を目の前にして、パズは。
眉間に皴を寄せながら渋面を作り、暫く押し黙ってから。
「…一緒に逃げよう」
小さな声で提案していた。


その後。
居酒屋から消えていたパズとサイトーが。
どうした事か爆発事件現場で、ぼろぼろになって発見された。
そのサイトーの肌は、見事に黒く煤け。
パズに至っては人の原形をとどめていない部分があったという。


ちなみに美肌効果については、トグサが妻を連れて例の居酒屋に行き。
彼女でその効果を証明した。





Endlles Killerの来夢さんから頂きました! 6月の飲み会で初対面にもかかわらず何か書いて頂けるとおっしゃってくださった時、『居酒屋』というキーワードしか浮かばなかった単純馬鹿は自分です(爆) 女王様な少佐とおっとこ前なサイトーさんが本当に素敵ですvv来夢さん、ありがとうございました〜!
太字の指令は何とか完了いたしました!遅くなって本当にスミマセンでした・・・!

05.07.30 up



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