「照準」
「飯、食ったか?」
「いや、まだだ」
「じゃぁ、乗れよ」
「ああ」
パズの誘いにサイトーは一つ頷いて、助手席の固いシートに滑り込んだ。
街は灯が落ち、眠りにつこうとしている。
サイトーは瞼を閉じて、闇に身を沈めた。
「着いたら起こしてくれ」
「分かった」
こういうとき、サイトーに信頼されているのだと思うと、パズはくすぐったさを感じる。
上手く言えないが、仲間としての信頼以上のものを感じるから。
僅かな眠りの海に沈んだサイトーの邪魔にならないよう、カーステレオのボリュームを下げ、煙草を消した。
身じろぎもせずじっとシートに沈んだままのサイトーを盗み見ると、両腕を固く組み少し俯いて、まるで考え事をしているようだ。
だが、サイトーの胸が規則的に上下することで、眠りに落ちているのが分かる。
視線を前に戻したパズの口元が、ほんの少し笑っていた。
愛おしいと思う―――笑み。
そんな自分が照れくさくてつい煙草に手が伸びたが、慌てて元の場所に戻した。サイトーの眠りを妨げたくない。
所在なく手を頭にやり、無意味に髪を掻き上げる。
笑いが消えない。
できるだけゆっくり時間をかけて遠回りして走ったつもりだったのに、もう店の看板が見えてきて、この時間の終わりが近いことを告げていた。
あと少しだけ、二人きりの時間を楽しみたい。
サイトーの安心した表情を眺めていたい――そう思ったとき、パズは緩めていたアクセルを強く踏み、店の前を素通りした。
*
「着いたぞ」
「おう」
一瞬で普段のサイトーに戻る。寝ぼけた姿など見たことがない。
寝ぼけた姿は見られなかったが、驚いた顔を見ることは出来た。
アーモンド型の目が、まん丸に開いている。
「どこだ、此処は」
「俺のセーフハウスへようこそ」
「なんで。飯は」
「俺が作ってやる」
「作れんのか」
「まぁな。その辺の店よりは美味い」
「で、何を食わしてくれるんだ」
「何でも」
「楽しみだな」
「しかも、デザート付きだ」
「へ〜そりゃ凄い。だが、甘いのはあんまり得意じゃねぇなぁ」
折角だが……と言って苦笑いしたサイトーに、パズはニヤリと笑って応えた。
「俺のデザートは、甘くねぇ」
「それなら大丈…」
最後まで言うことができなかった。最後の一言「ぶ」は、パズの唇の中へ。
長い口づけの後、腕の下から睨みつけるサイトーに、パズが言った。
「これじゃ、『デザート』じゃなくて『前菜』だな」
「俺は食い物か。大人しく喰われるつもりねぇぞ」
「百も承知だ」
「………どうでもいいが、腹減った。飯、喰わせろ」
こんな状況下での現実的な言葉に、パズは思わず笑い出した。
笑ったら、負けだ。
「分かった、飯にしよう」
「飯喰ったら帰るからな」
「分かってる」
サイトーから体を離して、ロックを解除した。
「続きは、また今度な」
ドアを開けたサイトーに声をかけると、振り返ってパズを睨み付け
「今度は、ない」
きっぱり言ってそのままずんずん歩いていくサイトーの背中に、パズは呟いた。
「そう簡単に逃がさねぇし」
パズッ!サイトーがエントランスへ続く階段から顔を出して呼んでいる。
「へいへい」
セキュリティの掛かったことを知らせる電子音が、駐車場に響いた。
「活きのいい素材は、嫌いじゃない」
独りごち、階段の前で腕組みしてこちらを睨むサイトーに向かって、ゆっくりと歩き出した。
CHEAP THRILLSのやまちさんから誕生日に頂いたのですが、ずーーっと隠し持っておりました(殴)
もう、本当に嬉しくて跳び上がりましたよ〜〜!!
サイトーさんを気遣うパヅや男らしいサイトーさんにメロメロ(死語)ですvvやまちさん、本当にありがとうございました!
05.07.30 up
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